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クリスチャントゥデイ(2015年11月5日17時44分付)に紹介記事を掲載していただきました!

『アリエルさんから見せられたこと』文・正木弥、絵・田所育久子

海野良彦さんという人がいました。その名のとおり、運よく生きてきました。今は、奥さんとこどもたち、それに多くの友だちに囲まれて、楽しい仕事もあり、充実した毎日でした。

遊びの時間も、適当にありました。今夜は忘年会。食べて、飲んで、楽しく過ごして、そしてマージャンも何卓かやって、それからいよいよ帰宅です。深夜の道を車で飛ばしていました。

一寸先は

すると、車の前方が急に霧がかかったようになり、そこに人影のようなものがあらわれ、おそろしい顔でこちらをにらんでいるように見えました。それで、あわてて急ブレーキを踏みました。

キキィーッ! ドーン! ガッシャーン! そして衝撃がズッシーンと体にきて、海野さんは、そのまま気を失ってしまったのです。

死、そして

しばらくして、なにやら明るいので眼を開けてみますと、白っぽい壁のようです。よく見てみると、それは天井です。

「ここは、どこだろう…」

あたりを見回そうとするのですが、自由がききません。どうやら、包帯でぐるぐる巻きにされているようです。それに、頭も、腹も、手も、足も、いたるところが痛むのです。海野さんは、ベッドに寝かされていたのです。そこで、眼だけをギョロッ、ギョロッと動かして周囲を見回すと、自分の足もとあたりに、白いガウンのようなものを着た人が立っているのに気が付きました。

「誰? あなたは」

「わたしはアリエルです。神様のご用をはたしている者です」

「アリエルさん…ですか? どうしてわたしはここに? ええと、それに、ここはいったいどこ?」

「あなたは、数時間前に交通事故にあったのです。おぼえているでしょう。それで、死んだのです」

「ええっ! 死んだ? 死んだって!? …わたしは死んでなんかいない。まだ生きている。体は痛むが、それは生きている証拠じゃないか。それに、こうやって口もきいているし、考えてもいる。死んでなんかいないッ! うそだ! うそだ!!」

「ここは死体安置所です。あなたを迎えにきたのです」

「いやだ! 死んでなんかいない。いやだ! いやだ!! いやだ!!!」


しばらくして、気を取り直してアリエルさんに尋ねてみました。

「迎えにとは、いったいどこに連れて行こうとしているんです?」

「よみの国へです。まあ、そこは、死んだ人の収容所でしてね。今からこの部屋を出て、あそこへ集められて、それから出発するんです。見なさい、窓の外を!」

アリエルさんが窓の外をサッとあけました。すると、外の光景が見えました。

よみの国へ

暗くなりかけた夕暮れ、雲が垂れ込め、みぞれまじりの雨風が横なぐりに吹きつけています。ビュ〜ゥ、ビュ〜ウウゥ。

その中を大勢の人がのろのろと動いています。いや、動きたくないのに、兵隊に銃剣で追い立てられて、無理やり歩かされているようです。

兵隊は赤い制服を身に付け、きびきびと動き、その大勢の人を鉄道の貨車に追いやっています。貨車には屋根もなく、家畜を積むもののようです。

次から次へと無理やりに押し乗せ、とうとう一台目の貨車がいっぱいになりました。それから、出口をパターンと閉め、掛け金をカチャーンとかけました。

二台目も同じように乗せ、次々に詰め込みました。何台目かにぜんぶ積み終わると、兵隊が、「よ〜し、本日はこれで終わりだ」と大声で叫びました。そして、ピィ〜ッと笛を吹きました。

すると、それに呼応するかのように、貨車の先頭の方で、プワ〜ッと汽笛が鳴り、その音が長く余韻を引いていました。そして、ガタン、と音がして少し動き、次に、ゴトンと音がしてまた少し動き、それから、ガタン、…ゴトン、ガタン、ゴトン、ガタンゴトンと、だんだん早くなり、とうとう走り出しました。

かなたへ消える者たち

そして、だんだんと速さを増して、遠くへ遠くへと走っていきました。どこまでも、どこまでも、一直線の線路を走って行き、その影はだんだん小さくなり、地平線の向こうまで走り去って、とうとう見えなくなってしまいました。

海野さんは、だんだんとさびしくなり、不安になりました。あの人々は、行った先でどうなるのだろう。

「何ということだ、…こんなところに来ようとは! わたしもあんなふうに積まれて行くのか…。海野良彦は、これまで運がよかったが、今は海野悪彦だ…困ったなあ…」

しかし、なんとかまた気を取り直して、アリエルさんに尋ねてみました。

「あの人々も、死んだ人だったんですか」

「そうです。今日一日のうちに死んだ人々です」

「どうして、あんなふうに物か家畜のように運ばれるんですか。それに、いったいどこへ運ばれるんですか」

「あの人々は、人生が終わったんです。その人生は、役に立たないことがはっきりしたので、捨てられるのです」

「えっ! 役に立たないって? どうしてそんなことが言えるんですか」

「神様が、そうみなしたんです」

「神様が決めるんですか。自分の人生なんだから、自分で評価すればいいじゃないですか! 自分の人生は成功だったのか、失敗だったのか、だいたいわかるじゃないですか」

「それは大まちがいです。今、あなたは『自分の人生』と言いましたが、それは『自分の考えでどのように生きてもいい人生』ではないのです。よく考えてみなさい。あなたのいのちは、自分で造りだしましたか。父母が造りだしましたか。そうではありません。父母を通して神様がお造りになったのです。人間の人生は、一人ひとり神様から与えられたのです。ある人は百年、ある人は六十年、ある人は三十年と。その人生は、どう生きてもいいよ、と、そういうものではありません。人間が勝手に考えて、それによって生きたらいい、というものでもありません。人間の人生は、いのちをお与えになった神様のお考えに従うべきです。いのちを受けた者はいのちを与えた者に従う、これは、当然ではありませんか。人は、いのちの主なる神様のお考えに従い、神様の基準によって、神様の目的に向かって生きなければなりません。神様のお考えとは、一人ひとりが神様を愛し、敬い、神様のお造りになった人間を愛して生きることです。そうすれば、神様の子とされ、神様の国で、永遠に生きるよう、定められているのです」

「ふ〜ん、そうなのか。自分の納得のいく生き方をすればそれでいいのかと思っていたんだが…」

「自分の納得ではなく、神様が納得される生き方でなければなりません。あそこに見えたあの人々も、神様を無視し、自己満足を求め、自分の快適さと楽しさばかりを追い求めて生きました。しかも、たいへん利己的でした。せっかく永遠のいのちへの道を示されたのに、それには見向きもせず、一時的な楽しみや人間同士の比べあい、競い合いに気を取られ、憎んだり、ねたんだり、悪口を言ったり、自慢したりの人生で終わったのです。それでは、神様の目から見れば、失格の人生、失敗の人生だとされるんです。いくら人から褒められようとも、いくら自分で満足していようとも」

「へぇ、そうですか。そう言われればそうですかね。わたしは今まで、キリストとか神様とか聞いても、自分には関係があるとは思えなかったんですよ。脅しか作り話か、そんなふうに思っていたんです。しかし、今、ここでこんな光景を目の当たりにして、驚いているんです。こりゃあ、たいへんだ。なんとかしないと…」

「なかなか率直ですね。残念ながら、多くの人が、今あなたが言ったように考え、生きているんです。神様は聖書によって人間に勧告しているんですが、それをまともに受け止めないんです。そして、ここへ来てから後悔するわけです」

「わたしのまわりの人は、みんなそうですよ。だから、それでいいと思っていました」

「みんながしているから正しい、ということはありません。滅びに至る門は大きく、その道は広いと書いてあるとおりです」

「う〜ん、待てよ。わたしは、別に積極的に神様を無視したんではなかった。ただ、近づかなかっただけです。それに、他人に対しても、せいぜい親切を心がけたつもりです。悪いことはしていません。それでも、だめなんですか」

「ほう、そうですか。悪いことはしてないですか。では、あなたの人生がこれに収められていますから、ちょっと見てみましょう」

苦い想い出

アリエルさんは、なにやら動画を再生しはじめました。タイトルには、『海野良彦の人生』とあります。そしてその内容は…ああっ! ややっ! 海野さんの若かりし頃の姿が映っています。背景はあの当時の町や家などです。当時の家族も映っています。

いやぁ、なつかしいなあ、と思って見ていると、やがて、当時の親友、山野福郎が出てきました。そして、あの場面になりました。すると、海野さんはいやなことを思い出し、心が苦しくなりました。あの時、海野さんは山野さんに言わなければならないことを、あえて黙っていたのです。

――おれは山野を助けなかった。それは結局、山野を裏切ったことになったのだ。あの時、おれは山野に心の中で詫びたんだった。悪かった! 山野、赦してくれ…。しかし、自分の立場もあって、それ以上は何もしなかった。時は流れて、いつしかそれも忘れてしまっていたが――

「やれやれ…。みにくい自分だったなあ…」

「まだまだありますよ。もっと見せましょうか」

「いやいや、もういい! もう結構です。よくわかりました。…こんなふうに、ぜんぶ記録されているんですか」

「そうです」

「そうか…。しかし、アリエルさん。わたしは、積極的に悪いことをしたわけではありませんよ。ただ、言うべきことを言わなかっただけです。また、悪いことを考えたこともありましたが、実際に悪いことをしたわけではありません。なのに、同じように取り扱われるのですか。同じように、あの貨車に乗せられて行くのですか」

「いや、全く同じというわけではありません。あの貨車が行き着いた先で、こんどは、行いに応じて仕分けがなされ、罪の重い人は、もっとつらいことになります。今は、くわしくは言いませんがね」

「いやだな…まさかこんなことになるとは…。ちらっと考えることはあっても、本当のこととは思えなかったなあ…。これから先、自分はどうなるんだろう。どちらに転んでも、あんまりいい状態ではなさそうだなあ…。それに、あの寒くて暗い中を、牛でもないのに、ぎゅうぎゅう詰め込まれて、行きたくないなあ…。アリエルさん! お願いです、何かいい方法はありませんか。ねえ、助けてください!」

「だから、ちゃんと勧めてあるんですよ、聖書のなかで。公義と神への愛…これこそしなければならないと書いてあるでしょう」

水一杯への報い

「ただし、あなたについては、もう少しだけ、いのちを長らえさせることになっています。それが再挑戦のときです。地上世界のいのちのうちに、救われる資格、つまり、神の子とされる特権を得てください」

「ほ、本当ですか! アリエルさん」

「これは、あなたがこれまでの人生で、キリストの道のために、ある便宜をはかり、支援してくれたからです。聖書に、キリストの弟子だからというので…水一杯でも飲ませてくれる人は、決して報いを失うことはありませんと主が約束しておられるとおりです。あなたの善行に報いましょう。あなたのその善行がこの動画に記録されています。悪いことばかりでなく、よいことも記録されているんですよ、この動画には。あなたは、意識不明の重態から回復します」

「あり、ありがとうございます、アリエルさん! うれしいなあ…」

「しかし、気をつけなさい。いつまでも生きられるわけではありません。やがて死ぬときが来ます。そのときまでがチャンスです。先ほどの動画でも見たように、あなたにも罪があることはわかりますね。ほかの誰であろうと同じで、罪を完全に避けることは難しいのです。しかし、その罪が帳消しにされる、ありがたい方法があるのです」

「本当ですか!」

十字架のあがない

「それは、キリスト様を信じることです。キリスト様を信じる者は、その人にどれだけ罪や悪、汚れがあろうとも、その責任を問われなくなるというのですから、すばらしいではありませんか。その人は、こんなところに来なくていいようになれるんです。どうしてかわかりますか。イエス・キリスト様があなたやそのほかの多くの人の罪を赦してくださるために、人となって来て、身代わりの刑罰を受けてくださったからです。イエス・キリスト様は、神であられる方でしたが、人間の代表として死ぬために、人間になってくださったのです。この世界に、おとめマリヤから生まれてくださったのです。それが二千年前の出来事でした。もちろん、神様ですから、死んだままであるはずがなく、復活して、天に昇り、神様に帰り、今も世界を導いておられます。簡単に言えば、人間がその罪を問われずに天国で永遠のいのちを受けられるようにするため、この世に人となってくだって来られました。これがクリスマスなのです。ですから、このキリスト様の降誕を喜び、感謝し、おぼえて信じることが大切なのです。そのことに、クリスマスの意味があるんですよ」

「へぇ〜、そうだったのか。そんなありがたい意味があるとは知らなかったなぁ。食べて、飲んで、騒いで、楽しめばいいのかと思っていたが、まじめに考えにゃいかんのだなぁ」

「くれぐれも言っておきます。あなたはこんど回復しても、いずれまた死にます。しかし、それまでの間がたいへん重要なんですよ。わかりますね。その間に、このキリストとなられた神様を信じ、敬い、十字架の死によってあなたたちを救おうとされたことに、ありがたく感謝して生きなければなりません」

パラダイス

「もし、あなたがそういうふうに生きるなら、こんどはこちら側を見なさい! あそこへ行くんです」

見ると、窓の外、少し遠くに、明るい階段があり、やわらかい陽射しのもと、新緑の木々とお花畑の中、鳥が鳴き、心地よい音楽がながれています。その階段の上には、まぶしいほどの、輝いた建物が見えます。

「あの階段の上の建物は、天国の待合所の入口です。あの向こうには、多くの聖徒たちが憩いの日々を過ごしています。あなたは、あそこへ行けるかもしれません。すべては、決心次第、これからの生き方次第です」

「そ…そうですか、わかりました。ありがとうございます。きっと、そうします。キリスト様を信じて生きます。アリエルさんには本当に恩に着ます!」

「お礼は、イエス・キリスト様に申し上げなさい。わたしについては、ただ名前を覚えておきなさい。アリエルだと。つまり、今日見たこと、聞いたことは、決してあり得ないことではない、むしろ、アリ得ルことなんだ、と」

新たなるいのち

そう言っている間に、アリエルさんの姿がゆらゆらと揺れ、まだらもようの霧のようになったかと思うと、その模様がまた濃くなって、何人かの人のように見えてきました。そして、それがだんだんとはっきりしてきました。そのとき、枕もとで、こどもの声がしました。

「あっ! パパが眼をあけたよ」

その声に続いて、妻の声が聞こえました。

「えっ! 本当? …パパ、パパ、わかる?」

海野良彦さんは、ここではっきりと目をあけました。

「パパ! 生きかえったんだね。…よかった」

「ここは…どこだ」

「病院よ。もう、三日も意識がなかったんですよ」

「そうか…いのちびろいしたんだな、生きかえったんだな…。それで、今日は何日かな」

「十二月二十五日ですよ、あっ! そうそう、クリスマスの日ね」

「クリスマスか。イエス・キリスト様がこの地上に来られるためにお生まれになった、その記念の日だ。あり、ありがた〜い日だぞ。よ〜し。これからは、キリスト様を信じて生きるぞ!」

それを聞いた、こどもと妻は思わず、「まあ、うれしい! ばんざ〜い! いや、ハレルヤ! ハレルヤ!! ハレルヤ!!!」

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